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肥後守折りたたみナイフ - 白紙鋼、青紙鋼、VG-10鋼、三木で手作り組み立て

🇯🇵 日本, Miki, Hyogo 設立年 1894 $
🏆

かつて40社あった肥後守製造者のうち、唯一の正規製造者。1894年以来五代、1910年以来の独占商標。本物の肥後守を買うことは、日本の職人の遺産の存続を支えることである。

哲学

デザインの絶対的ミニマリズム、刃一本、真鍮ハンドル一本、摩擦機構のみ。それがKanekomaの信条だ。明治以来の肥後守の伝統を守りつつ、現代的な新モデルも受け入れている。

歴史

1894年、長尾駒太郎は兵庫県三木市に工房を構えた。当時の三木は日本刃物産業の歴史的中心地で、16世紀以来、封建軍に刃を供給してきた鍛冶の町として知られていた。生産は完全な手作業で、職人一人あたり1日5本から8本が限界だった。

その2年後、肥後守が生まれる。構造は極限まで単純な摩擦式折りたたみナイフ。炭素鋼の刃、折り曲げた真鍮ハンドル、開閉用のチキリだけで成り立つ。ばねもロックもない。名称は、問屋の重松為三郎がこの新しいポケットナイフを発注した際、最初の顧客がいた熊本、旧国名の肥後に由来する。

誕生の背景も特異だ。1876年の廃刀令で、武士の帯刀が禁じられた。刃物鍛造を専門にしていた多くの鍛冶が販路を失い、実用品の刃物へ転向する。肥後守はすぐに日本の日常道具になった。学童、職人、農家、事務職まで使う一本。日本版Opinelと呼べる存在だった。

1899年、製造者たちは肥後守刃物組合を結成する。最盛期には三木で40工房、200人超の職人がこのナイフを作っていた。1910年、市場に粗悪な模倣品があふれたことを受け、「肥後守」は正式に商標登録される。名称の使用は三木の刃物業者団体会員に限定された。

1911年、皇太子嘉仁親王、のちの大正天皇が、神戸第一回輸出品博覧会で肥後守を購入した。この皇室による購入は、肥後守に全国的な威信を与えた。

衰退は20世紀半ばに訪れる。工業製の実用ナイフとの競争、さらに1961年の刃物規制法が決定打になった。かつて主要顧客だった学童は、学校に肥後守を持ち込めなくなる。工房は次々に閉じた。

現在残るのは一社だけ。五代目長尾光雄が率いるKanekomaである。肥後守の名を刻印できる唯一の職人がここにいる。刃は三木の工房で一本ずつ手鍛造され、白紙鋼、青紙鋼、VG-10を使い、個別に焼き入れされる。明治以来の古典設計は変わらない。刃一本、真鍮ハンドル一本、ロック機構なし。2021年にはNagao Kanekoma Factory Co., Ltd.として法人化された。日本で完全手鍛造・手組み立てされるナイフとしては、価格はいまも破格で、約15ユーロから手に入る。

アイコニック商品

Higonokami Shirogami (White Steel)

Modele classique en acier blanc - tranchant exceptionnel, manche laiton, design inchange depuis l'ere Meiji.

Higonokami Aogami (Blue Steel)

Version en acier bleu - meilleure retention de fil, pour les utilisateurs exigeants.

Higonokami VG-10

Version inoxydable moderne avec manche inox chrome et verrou a vis - evolution contemporaine du design classique.

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