La Boule Bleue
1904年からマルセイユ製の職人ペタンクボール
マルセイユでの120年の純粋な職人技、各ボールが手作り、妥協なし。
哲学
1904年からの純粋な職人技。各ボールが顧客仕様に合わせて手作業で彫刻、ストライピング、焼入れ。ゴリアテObutに対するダビデ、踏ん張っている。
歴史
マルセイユ、1904年。アルザス生まれの遠洋航路の船長フェリックス・ロフリッチ(Félix Rofritsch)は、1870年の敗戦以来再びドイツ領となった故郷に戻るのではなく、マルセイユを選んだ。ファブル通り(Rue des Fabres)の港湾用品店で、彼は魚の鱗のように釘を一本一本打ち込んだ木製の競技用ブールを製作した。1日に2個。それ以上は作らなかった。
1925年、釘打ちの木製はブロンズと真鍮に取って代わられた。そして1947年、マルセルとフォルチュネ・ロフリッチ(Marcel et Fortuné Rofritsch)は決定的な一歩を踏み出す。世界初の焼き入れスウェーデン製炭素鋼ブールである。合金は鋼材に応じて850度または960度まで加熱され、水と酸に浸すことで急冷(焼き入れ)される。この工程により、表面に独特の青みがかった反射が生まれる。このパティーナ(古色)に魅了されたマルセイユのペタンク競技者たちが、自発的に「ラ・ブール・ブルー(La Boule Bleue:青いボール)」というブランド名を付けた。家族が名前を選んだのではない。授かったのである。
1961年、モーリス・ロフリッチ(Maurice Rofritsch)がアンチリバウンドのステンレス製ブールを発明した。三代目、新しい素材、変わらぬ要求水準。製造は職人による手作業のままである。3個セット(トリプレット)で5〜8時間、個人オーダーには1週間を要する。各ブールは顧客の仕様に合わせて彫刻、溝入れ、焼き入れが行われる。軟質、半軟質、超軟質、硬質など、硬度は1度単位で調整される。5年保証を提供する世界で唯一のメーカーである。
オビュ(Obut)が産業であるのに対し、ラ・ブール・ブルーは工芸である。年間300万個のブールに対し、わずか1万5000セット。従業員80人に対し10人。愛好家の議論では常に両者の名前が共に挙がる。しかし、比較はそこで終わる。
創業者の曾孫であるエルヴェ・ロフリッチ(Hervé Rofritsch)が、1990年代初頭からマニュファクチュールを率いている。工場はマルセイユ11区のラ・ヴァランティーヌ(La Valentine)に位置する。2015年、一家はパニエ地区に「ラ・メゾン・ド・ラ・ブール(La Maison de la Boule)」を開設した。週7日営業のブティック兼博物館で、夏には1日最大400人の来場者が訪れる。世界中のドキュメンタリー作家が撮影に訪れる場所となっている。
同社は5大陸25カ国に輸出している。2004年より「無形文化財企業(Entreprise du Patrimoine Vivant)」のラベルを冠している。愛好家たちは、プレー中のバランス、高度なカスタマイズ、そしてマルセイユの本物らしさを高く評価している。硬いモデルは投球時に少し傷がつきやすく、価格も上昇しているが、それが手仕事の対価である。ゴリアテに対するダビデのように、ダビデは持ちこたえている。
アイコニック商品
Prestige Inox
ステンレスの競技用ボール、ラ・ブール・ブルーのハイエンド。名入れ彫刻、ストライピング選択、度数精密調整の硬度。要求の高いマルセイユのポインターとシューター向け。
Carbone 120
有名な青い反射を生むクラシックなカーボンスチール焼入れボール。1947年にロフリッチ家が発明した製法に忠実な歴史的モデル。