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完全手作りブーツ、エンジニアブーツ、コンバットブーツ、パラトルーパーブーツ、オーダーメイドのみ

🇺🇸 アメリカ, Los Angeles $$$$
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Brian Truongがイースト・ロサンゼルスの工房で一人で全て手作り。8歳から革を扱うマスターブーツメーカーIgnacio Palaciosに伝統的徒弟制度で師事。オーダーメイド、手彫りのラスト、自らデザインした半底とヒール。採寸から納品まで2年待ち。米国最高の伝統的ブーツメーカーと多くの人に評されている。

哲学

Brian Truongは19歳のとき、East Los Angelesにあるブーツ修理工房の扉を押して入った。師匠のIgnacio Palacios、通称Nachoは、8歳のころからブーツ修理を続けてきた職人だ。初日にNachoが言ったのは「見ろ」の一言だけ。Brianは1年間、ヴィンテージのengineer bootsのリソールと修理を学ぶ。そこで彼は自分の方向性を見つけた。1940年代のブーツを何百足も分解しながら、優れた一足を決める要素が線、曲線、角度にあることを理解する。彼は自分の木型を手彫りし、型紙を引き、自分自身の半底とヒールを作る。着想源は当時のO''Sullivanモデル。Role Clubのロゴである「ハンマーを持つ二本の腕」は、BrianとNachoが並んで働く姿そのものだ。どの一足にも同じ約束がある。このブーツは一生ものとして作られている。

歴史

Brian Truongは19歳のとき、East Los AngelesにあるIgnacio "Nacho" Palaciosの修理工房へ入った。Nachoは8歳から革を扱ってきた職人で、ワークブーツがファッションの対象になる前から、目立たない場所で作り、直し続けていた。SNSでの発信もなく、店頭を飾る派手な見せ方もない。初日に彼がBrianへ伝えたのは「見ろ」という一言だった。Brianは1年間、1940-50年代のヴィンテージengineer bootsのリソールと修理を学ぶ。もともと労働者や軍人向けに設計された、実用性の高い頑丈なモデルである。この一年は単なる修理技術の習得ではなく、実用品としてのブーツがどこで壊れ、どこで耐えるかを観察する時間でもあった。

その古いブーツを分解する作業のなかで、Brianは自分の天職を見つける。彼は「grail boot」、つまり理想の一足を具体的に描き始めた。1940年代のengineer bootの輪郭を基準にしながら、ロガー風の積み上げレザーヒールを支えられる形を求めて、自分の木型を手彫りで作る。型紙はゼロから引き、線、曲線、角度を何週間も、やがて何カ月もかけて調整する。半底とヒールも自作し、参照したのは当時のO'Sullivanモデル。古い仕様を理解したうえで、現在の一足へ置き換えるための工程だった。数値だけに頼らず、目と手で誤差を詰める反復が、後のフィット感と耐久性の土台を作っていく。

こうしてRole Clubが生まれる。名前には、履く人それぞれの役割と物語をブーツが担うという意味がある。ハンマーを掲げた二本の腕のロゴは、BrianとNachoが並んで働く姿を象徴している。BrianはEast LAの工房で、全工程を一人で手作業で進める。工業用ミシンは使わない。下請けにも出さない。顧客は一人ずつ個別に採寸され、完成した一足を受け取るまでおよそ2年待つ。待機期間の長さは演出ではなく、工程を省略しない方針の結果である。つまり、この時間は希少性を演出するためではなく、測定から仕上げまでの密度を保つために必然的に発生している。

Brian the BootmakerのYouTubeとInstagramには、紙の型紙づくりから完成までの全工程を映した動画を目当てに、数千人規模の愛好家が集まった。彼の情熱は見る側に伝播し、その成功は一つの実例になっている。伝統的な徒弟制度を通じて、消えかけた仕事を新しい世代の職人が救えるという実例だ。Brianにとって報酬は知名度ではない。Nachoの仕事を残し、ブーツ作りが芸術として認められること、その証明こそが目的である。評価より継承を優先する姿勢が、最終的に彼の仕事への信頼につながっている。派手な拡大よりも、師から受け取った技術を損なわず次へ渡すことを先に置く立場である。

アイコニック商品

Engineer Boot

Combat Boot

Service Boot

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