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最高級リネンとコットンの織りハンカチとポケットチーフ。1787年からフランス最後の専門メゾン。

🇫🇷 フランス, Paris 設立年 1787 $$$
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フランス最後のハンカチ織職人。1787年以来。リネンとコットン、一枚に5ヶ月。1889年万国博覧会出展。7世代。それ以上言うことはない。

哲学

237年間、主役は一つ。リネンとコットン、最細級の糸。1枚に5か月。ハンカチは使い捨ての小物ではなく、長く使うための物だ。

歴史

1787年。バティストのハンカチを扱うムッシュー・ボーランが、パリのパレ・ロワイヤル地区に店を開く。革命の2年前だ。当時ハンカチは高級品であり、洗練のしるしだった。ボーランはその価値を理解していた。

1830年。ボーランは引退し、事業を従業員オーギュスト・ゴダールに譲る。ゴダールは工房を北部ヴァランシエンヌに移し、カンブレ、ヴァランシエンヌ、バポームに店舗を開く。彼には6人の子どもがおり、その一人は作曲家バンジャマン・ゴダールである。だが屋号を決定づけたのは婚姻だった。娘マリーが顧客ヴィクトル・シモノと結婚し、シモノ・ゴダールの名が生まれる。

1869年。ヴィクトルが家業を継ぎ、メゾンに国際的な規模を与える。1886年、パリ店のためにサンティエ通りにある旧ポンパドゥール侯爵夫人邸を取得。コレクションはテーブルリネン、ランジェリー、上質生地へと広がっていく。

1889年。エッフェル塔の年のパリ万国博覧会。ヴィクトル・シモノは審査補佐に任命される。この機会に、メゾンは幅3.65メートル、経糸16,000本のバティストを出展する。その繊細さは満場一致で称賛され、評判は世界へ広がった。

20世紀は戦争と危機の連続だったが、メゾンは持ちこたえる。ジョゼフ・シモノは1917年に株式会社化し、1937年まで会長を務める。続いてエマニュエル、その後に息子フランソワが継ぐ。最も繊細な製品は今もベルギー国境近くのカンブレジ地方の小工房へ送られ、職人が自宅を含む場で手作業を続けている。

1999年。バンジャマン・シモノが叔父から事業を買い戻す。ゲルサンド・シモノとともにメゾンを再始動。シモノ・ゴダールのハンカチは、パリ、ニューヨーク、東京、ナポリ、香港、ロンドン、バルセロナなど世界の上質店で扱われる。糸から完成品まで、1枚に5か月を要する。

アイコニック商品

Mouchoir en batiste

コットンまたはリネンのバティスト、北フランスで織られる。手巻きエッジ。16,000本の経糸。製造に5ヶ月。

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