先週、履き込んだJ.M. Westonを馴染みの靴修理店に持ち込んだ。ソールは芯材が透けるほどすり減り、ヒールは潰れ、アッパーには3年分のパリの歩道が刻まれていた。職人の診断は15秒で出た。オールソール、パティーヌ、型崩れの補正。180ユーロ。仕上がりまで3週間。そこからbonus réparation(修理ボーナス)の25ユーロが自動的に差し引かれる。
25ユーロ。たいした額じゃない。でも、とてつもなく大きい。
数字が語ること
フランスの「bonus réparation textile et cuir」(繊維・皮革修理ボーナス)は2023年11月に始まった。2年と4ヶ月。運営するのはRefashionというエコ機関で、ブランド各社が支払うエコ拠出金で賄われている。仕組みはシンプルだ。認定修理店で会計時に補助金が直接差し引かれ、消費者は「買い替え」ではなく「修理」を選びやすくなる。
数字は出ている。2年間で170万件の修理が補助対象になった。そのうち84%が靴修理店。残りはお直し屋、仕立て屋、マルチサービスの工房に分散している。消費者に還元された総額は1,300万ユーロ。
靴修理の世界では、この制度は確かに定着した。けれどフランス国民の大半は、こんな制度があることすら知らない。どこに行けば使えるのかも。Refashionが認定した修理店は1,500軒。フランスの人口は6,700万人。計算してみてほしい。
ただ、どの数字よりも興味深いものがある。この10年で初めて、フランスの靴修理職人の数が減少を止めた。増えたわけではない。減るのが止まった。回復ではなく横ばい。でも、20年にわたって毎年3〜5%ずつ職人を失い続けてきた業界で、横ばいは勝利だ。

消えかけたもの
祖父は、車を点検に出すのと同じ感覚で靴のソールを張り替えていた。当たり前のこととして。「ボーナス」なんて必要なかった。通りの角に靴修理店があり、ソールが減ったくらいで靴を捨てるなんて発想自体がなかった。環境意識からではない(そんな言葉はまだなかった)。常識として、そうしていた。
街の靴修理店が消えたのは、チーズ専門店や金物屋や研ぎ師が消えたのと同じ理由だ。靴の値段が下がった。品質ではなく、値段が。1足30ユーロの靴を40ユーロかけて修理するのは、経済的に意味がない。捨てて、買い直す。ファストファッションが修理を非合理にした。
1950年代、フランスには45,000人の靴修理職人がいた。今は約3,500人。2世代のあいだに90%以上の工房が閉じた。フランス靴修理・マルチサービス連盟(FFCM)は何年も前から警鐘を鳴らしていた。職業訓練校は閉鎖され、弟子入りする若者もいなくなった。数千年の歴史を持つ職業が死にかけていた。人々が靴を履かなくなったからではない。靴が、修理するに値しないほど安くなったからだ。

価格のパラドックス
ここが問題の核心だ。買ったものが修理できなければ、修理ボーナスは何も変えない。
接着剤で貼り合わせたソールのスニーカーを思い浮かべてほしい。どんなに腕のいい職人でも、ポリウレタンフォームの射出成形でアッパーとソールが一体化した靴のソール交換はできない。技術の問題ではない。設計の問題だ。その靴は、修理されないように作られている。買い替えられるように設計された。
もっと根深い問題がある。私たちはもう、持ち続けるために買っていない。買い替えるために買っている。今シーズンのスニーカーは来シーズンには少しだけ形を変えて登場し、古い方はチャリティバッグかゴミ箱に行く。これはもはや工業的な意味での計画的陳腐化ですらない。文化的な陳腐化だ。モノはまだ使える。でも「古い」。マーケティングの仕事は完了している。大事なのは新しさであって、長さではない。
そしてこれはファストファッションだけの話ではない。品質で名を馳せた老舗も屈している。グッドイヤーウェルトで評判を築いたJ.M. Westonが、いまや接着ソールやハーフブレイク製法のモデルを出している。生産しやすく、製造コストが低く、ソール交換は格段に難しい。客はそれを知らないことが多い。「Westonだから」と安心して買う。でも買っているのは、ソールがゴミ箱行きになる靴かもしれない。名前が安心させる。製法が伴っていなくても。
修理ボーナスは、この矛盾を照らし出す。誰も聞きたくない問いを突きつけてくるのだ。あなたが買ったもの、それは修理する価値があるのか?
J.M. Westonの靴はグッドイヤーウェルト製法で作られている。ソールはウェルト(細革)を介した二重の縫いでアッパーに固定され、他の部分に手を加えずにソールだけを交換できる。Westonは文字通りの「生涯保証」を謳う。アッパーが健全な限り、何度でもソールを張り替えてくれる。リモージュの工房には30年もののペアが届く。ソール交換は150〜200ユーロ。購入価格は700ユーロ。3回ソールを張り替えれば、年あたりの着用コストは18ヶ月ごとに使い捨てる靴より安くなる。
Red Wingは数十年前からresolingプログラムで同じサービスを提供している。Crockett & Jonesはノーサンプトンの自社工場でソールを張り替える。Parabootはイゾー(Izeaux)の自社工場で天然ゴムのソールを製造し、無期限で交換に応じる。
これらのブランドは、修理ボーナスを待って製品を修理可能にしたわけではない。それが彼らの売るものの根幹だからだ。長く使えるモノ。

政治的な行為
「サステナブル」という言葉があまり好きではない。リサイクルポリエステルを高値で売るために使い倒され、中身が空っぽになった言葉だから。でもその裏には真実がある。修理できるものを買うのは、選択だ。結果を伴う選択。
ソールを張り替えた1足は、新たに製造されなかった1足だ。これはサロン的なエコロジーではなく、算数の話だ。
修理ボーナスは、その選択をほんの少しだけ後押しする。ヒール交換なら7ユーロ、レザーのオールソールなら25ユーロの補助。補助金そのものが決定打になるわけではない(25ユーロ節約するために靴を修理に出す人はいない)。大事なのはシグナルだ。業界の拠出金で成り立つ制度を通じて、国が公式に言っている。修理は普通のことだ。望ましいことだ。支援する、と。
そのメッセージが浸透し始めるまでに2年かかった。認定店はRefashionのロゴをショーウィンドウに掲げている。客が尋ねるようになった。全員ではない。まだ十分ではない。でも、尋ねるようになった。
足りないもの
修理ボーナスで全てが解決するわけではない。足りないものが3つある。
まず、認知度。周りに聞いてみてほしい。繊維の修理ボーナスを知っている人がどれだけいるか。10人に1人、いればいい方だ。制度は存在する。予算もある。でも広報が展開に追いついていない。Refashionは限られた予算でやれることをやっている。それでは足りない。
次に、アクセス。認定修理店1,500軒は多く見える。でも人口と国土の広さに照らせば、修理店が一軒もない地域がいくらでもある。地方都市、農村部、郊外。ファストファッションが最も強く、靴修理店が真っ先に消えた場所だ。適用する人がいなければ、ボーナスは意味を持たない。
そして、教育。私たちは物の手入れの仕方を忘れてしまった。靴の磨き方、つま先の補強材の貼り替え、革への栄養補給。世代の問題ではない(40代も20代と同じくらい知らない)。文化の問題だ。習慣が途切れた。修理ボーナスだけでは、それを取り戻せない。

Printemps des Cordonneries(靴修理店の春)
2026年3月20日から6月21日まで、FFCMが「Printemps des Cordonneries」を開催している。3ヶ月にわたるオープンデー、実演、体験ワークショップがフランス各地の靴修理店で行われる。目的はシンプルだ。人々を工房に招き入れること。職人の手仕事を見せること。靴修理店にできること(想像よりはるかに多い)と、できないこと(修理不可能に設計された靴の修理)を伝えること。
こういう取り組みは、補助金よりも大きな意味を持つ。修理する前に、修理できると知る必要がある。知る前に、見る必要がある。
直すために買う
修理ボーナスは2年を迎えた。靴修理職人を救ったわけではない。でも、その消滅を遅らせる一助にはなった。経済が見えなくしてしまった行為に、ささやかでも数字を与えた。
本当の問いは「修理にいくらかかるか」ではない。「自分が買うもの、それは直せるのか?」だ。グッドイヤーウェルトの靴なら、直せる。接着ソールのスニーカーは、直せない。フルグレインレザーのバッグなら、直せる。合皮のバッグは、直せない。14オンスのセルビッジデニムなら、おそらく。ポリエステル混のストレッチパンツは、まず無理だ。
修理ボーナスが世界を変えることはない。でも、ひとつの真実を語っている。モノには、買った後の人生がある。そして通りの先に、まだそれを引き受けてくれる人がいる。
