Motofumi Kogi、通称Poggyが Dear Boro を立ち上げた。刺し子の伝統とストリートカルチャーを融合させた12ピース。農民の生存の技が、1着1,800ドルのジャケットへと姿を変える。

日本語にはそれを言い表す言葉がある。「もったいない」。無駄にすることは一種の罪だという考え方だ。何世紀にもわたり、日本の北、東北地方の農民たちは衣服を縫い、縫い直し、継ぎ当てし続けた。元の布がなくなるまで。層を重ね、世代を重ねて。彼らはそれを「ぼろ」と呼んだ。文字通り、「ぼろ切れ」のことだ。

2026年2月、Motofumi “Poggy” Kogiがその言葉を旗印にしたブランドを立ち上げた。Dear Boro。12ピース。71,500円から291,500円。農村の繕い文化の継承を謳う一着に、約455ドルから1,856ドル。このパラドックスは眩暈がするほどだ。そして、だからこそ面白い。

Poggy、キュレーターから創造者へ

Dear Boroを理解するには、まずPoggyという人物を知る必要がある。1976年生まれ。札幌のファッション専門学校を経て、1997年に上京。セレクトショップ大手のUnited Arrowsに入り、そこから20年間離れなかった。

最初は販売員、次にPR担当、そして2010年にUnited Arrows & Sonsを立ち上げる。Poggyはデザインしない。選ぶ。組み合わせる。424、Aimé Leon Dore、READYMADEといったブランドを誰よりも早く見出し、日本市場への扉を開いた。彼は橋渡し役だ。東京と世界、ストリートウェアとテーラリング、ヴィンテージアーカイブとコンテンポラリーをつなぐ架け橋。

2018年、United Arrowsを離れて独立。渋谷Parco内の2Gでファッションキュレーターとなり、アートと衣服の境界を曖昧にする。Eric Haze、Jimmy Choo、Levi’s、Pumaとのコラボレーション。Business of FashionのBoF 500、世界のファッション業界を形作る人物リストにも名を連ねた。

しかしPoggyには、まだ自分自身のブランドがなかった。ゼロから始める、ビジョンと技と名前を持ったブランドが。

ぼろ:生き延びるための技から芸術へ

ぼろは貧困から生まれた。江戸時代(1603-1868年)の東北では、綿は希少で高価だった。農家には着古した衣服を捨てる余裕がない。直す。補強する。布を重ね、「刺し子」と呼ばれる運針で縫い留める。「小さな刺し」という意味だ。

その結果は、奇妙で美しい。パリンプセスト(幾重にも書き換えられた羊皮紙)のような衣服。追加された布の一枚一枚が、ある時代を、ある必要を、もう一つ越えなければならない冬を物語る。藍が支配的だったのは、最も手に入りやすい染料だったからだ。刺し子の白い糸が、深い藍の上に幾何学的な線を描く。装飾ではなかった。繊維による生存のエンジニアリングだった。

長い間、ぼろは恥の対象だった。継ぎ当てを着ることは、貧しさを意味した。視線が変わるまでに数十年を要した。青森の民俗学者・田中忠三郎は生涯をかけて3万点以上を収集し、2009年の浅草アミューズミュージアムの開館は、これらの布が意図せざる芸術であることを世に知らしめた。百年を超えるぼろの作品が、今では東京やニューヨークのギャラリーで取引されている。

伝統的な織物を織る手、先祖伝来の技
手織り、襤褸の核心にある先祖伝来の技 — Baraa Obied · Pexels License

12ピース、ひとつのマニフェスト

Dear Boroの最初のコレクションは、ファーストコレクションらしくない。棚を埋めるための無地のTシャツはない。Instagramで存在感を示すための巨大なロゴもない。12ピース。ジャケット5型、ユーティリティパンツ、ジャージーのベーシックアイテム。

哲学はPoggyが使うひとつの言葉に集約される。「essentialité(本質性)」。すべての衣服は、膨大な時間を構築に費やす若い日本の職人たちによって作られている。ぼろと刺し子の歴史的な縫製技法が、現代の芸術的媒体として再解釈されている。

目玉アイテムには示唆的な名前がつけられている。1985 Denim Jacket。1985 Jean。衣服を記憶に結びつける時間的参照だ。さらに圧巻なのが、Eric Haze Kung-Fu Jacket。Poggyとニューヨークのアーティストであるの Eric Hazeとのコラボレーションから生まれた。グラフィティと刺し子の出会い。東京とブロンクスが、ひとつに縫い合わされている。

ローンチにあたり、ラッパーのSHO(横田翔平)が公式ミュージックビデオ「Dear Boro」を制作、2026年1月末にYouTubeで公開した。日本的な音とコンテンポラリーなビートが混ざり合い、「和」の精神が現代と出会うサウンドトラックだ。マーケティングも、衣服と同じくハイブリッドだ。

皺のある藍染めリネン、染め布の生々しい質感
皺のある藍染めリネン:襤褸の美学を定義する生の質感 — Teona Swift · Pexels License

ラグジュアリーなぼろというパラドックス

ここからが複雑になる。そして、ここからが面白くなる。

ぼろは選択肢のなかった人々が生み出したものだ。新品が買えないから継ぎ当てをした農民たちの技だ。その生存の行為を数十万円のコレクションに変えることは、綱渡りのような行為だ。一歩踏み外せばシニカルな美的搾取になる。一歩退けば、民俗的な模倣にとどまる。

Poggyが最初ではない。KUONは2016年に藤原新と石橋真一郎が共同設立し、百年前のぼろの断片を解体して現代的なジャケットやパンツに生まれ変わらせている。中村ヒロキのVisvimは、何年も前から1,000ドルを優に超える作品に刺し子を取り入れている。「ビジブル・メンディング(見せる繕い)」のムーブメントは、ブルックリンの工房から下北沢のブティックまで、繕いを世界的なトレンドに変えた。

Dear Boroが際立つのは、おそらく創業者の歩みにある。Poggyは繊維の後継者でもなければ、パターンメイキングを学んだデザイナーでもない。キュレーターだ。常に橋を架けることを仕事にしてきた人間。日本と西洋。ヘリテージとストリート。アーカイブと新しいもの。

Dear Boroはまさにそれだ。架け橋。夫の上着を縫い直す東北の農婦の手仕事と、原宿で291,500円のデニムジャケットを買う人との間の。距離は果てしない。両者をつなぐ糸の名は、刺し子という。

この時代が映し出すもの

Nubian Tokyoと厳選された販売店で流通するこのコレクションは、時代について何かを語っている。ラグジュアリーは今、昨日の貧しさの中に真正性を求めている。生存の技術がセールスポイントになる。継ぎ当ては、30年足らずで恥辱からショーウィンドウへと移った。

シニシズムと見ることもできる。一種の正義と見ることもできる。あの手仕事、あの技術、東北の農家の薄暗がりの中で何時間もかけて縫い続けた営みは、見られるに値していた。貧困の遺物としてではなく、あるがままの姿として。絶対的な制約から生まれた、驚くべき洗練の技術として。

Poggyはそれを知っている。だからブランドの名前はDear Boroなのだ。「Boro」だけでも、「Boro Tokyo」でも、「Neo Boro」でもない。感謝なき植民でもない。Dear。親愛なる。東北の布地への手紙だ。その創り手たちが、渋谷のブティックに自分たちの布が並ぶ日が来るとは、夢にも思わなかっただろうその布地への。

パラドックスは残っている。しかし、それは誠実なパラドックスだ。

針で布を縫う手、修繕の仕草
縫う、繕う、継ぐ:生存の所作が芸術となる — Gabriel Frank · Pexels License